ebook land 自力・自費出版サイト
パリの香りをどうぞ
 菅佳夫のフランス通信
バックナンバー  2016 2017 2018 2019

What’s New

皆様、

お暑い中を如何お過ごしですか、、、。
フランス通信178号をお届けしますので、よろしくお願い致します。
暑さとコロナにお気をつけて、引き続きお元気にお過ごし下さい。

菅 佳夫

添付写真 : 「マロニエは 暑さの所為か 既に秋」
        「暑さゆえ 木々の葉既に 色を変え」 (寛)

フランス通信(178) 葉月               Paris, le 18/08/2020

photo

photo

*8月に ( AU MOIS D’ AOUT ) : 今夏はカニキュル(la canicule 酷暑)が無ければよいと願ってみても自然が相手、86日から12日迄、日中の気温が38℃から41℃という日が続いて、少々参りました。夜になっても28℃から30℃と暑さが残り、扇風機に頼りましたが、夕刻の「凪」の時間帯は風もピタッと止まってしまって苦しい思いでした。12日の夜半頃から13日の明け方でしたか、全く突然に轟音と共に強風、前にある2本のポプラが深くお辞儀をする様にしなって恐ろしい程、壁に掛かっている額は吹き飛ばされて落ち、紙が舞い、強い閃光と同時に雷鳴が轟き、よくもこんなに、と思う程の大雨、、、窓を閉めるにも一苦労、という大嵐に見舞われました。空の何処かに溜っていたもの全てが一度に、しかも滅茶苦茶に落ちてきた感じに、恐ろしさを超えて好奇心が働き、幸いに吹き込まれなかった北側の窓から、しばし見惚れて居りました。こうして迎えた13日は朝に寒さすら感じ、気温も日中24℃に下がり、涼しくなりましたが、急な気温の変化に身体から力が抜けた様な感じがしました。8月もまだまだこれから続きます。気温は多少高くても、空気が乾燥していて木陰の濃い、涼しい夏だとよいなと願っています。

 

*「ヴァン・ゴッホ最後の作品の謎が解ける」( Le secret de l’ultime tableau de Van Gogh enfin percé ) : 画家のヴァン・ゴッホが亡くなったのが1890729日のこと、今年で丁度130年になりますが、今年の729日の新聞に大変興味ある記事が掲載されました。それによりますと、ヴァン・ゴッホが死ぬその日に描いた最後の作品と思われる「木々の根」(Racines d’arbres)が何処を描いたのかが正式に確認されたのです。50x100㎝の大きな画は、一見何処にもあるありふれた景色で、最後に住んだオヴェール・シュル・オワーズ(Auvers-sur-Oise)には違いないが、近くの林か道端であろうということになっていました。ところが、今年のコロナ騒動で外出禁止令の機会に自宅で資料の整理をしていたゴッホのスペシャリストのヴァン・デル・ヴェ―ン氏が、偶々オヴェールに住む老婦人所有の1900年―1910年の古い絵葉書のコレクション

の中に、何処かで見た様な景色のものを見付けました。それは自転車の男が林の様な崖の様な道に佇んでいる写真で「ドービニイ通り」(Rue Daubigny)という題が付いていました。ヴァン・デル・ヴェ―ン氏はヴァン・ゴッホの作品に描かれた木々と根にそっくりではないか、と2日間に亘って拡大したコピーの木と根11本見比べました。130年も経った今、同じ木が未だ生え続けているだろうか、専門家にも問い合わせました。現在ヴァン・ゴッホ・インスティチュートを設立したラヴ―亭(Auberge Ravoux)の主人ジャンセン氏にも連絡、内緒のままにヴァン・ゴッホ最後の下宿部屋のあるラブ―亭から150m程のその場所へ行って見ましたら、何と殆どが当時のままに残っているではないですか、他の余計な根や草を取り除けば全くヴァン・ゴッホが描いた通りだったのです。そこでジャンセン氏は現場を保護し、いずれ一般の見学・鑑賞に供する為にも工事用の柵を巡らせました。オランダのヴァン・ゴッホ美術館館長、ヴァンゴッホの曾甥、ヴァン・デル・ヴェ―ン氏、ジャンセン氏などが集まって正式に確認、今後この場所をどの様にするのがベストかを各方面と検討中とのことです。下宿ラヴ―亭とゴッホの部屋、教会堂、麦畑、墓地、、、、これに「木々の根」が加えられ、ヴァン・ゴッホ終焉の地オヴェールの見学コースも更に豊かになり、大変に楽しみです。「木々の根」という1枚の画、何故ヴァン・ゴッホの最後の画と判断するかと云えば、ヴァン・ゴッホは自分の住まいの近くを描く習慣があり、その日の朝いつものようにモチーフ作りから始め、午後になって描き上げたことは、描かれた木々の根に当たる光から確認され、ラヴ―亭の自室に一旦戻り、絵を置いてから又出掛け、夕刻麦畑でピストル自殺を図り、未遂のまま自室に戻った事実から「最後の1枚」と判断されています。又、この画は未完成であり、制作途中で諦めた様子が伺え、テオに送った手紙の中に「木の根」について書かれた謎めいた文章があり、そうしたことからヴァン・ゴッホ最後の作品であり「絵画による遺書」(la lettre d’ adieu picturale)とも云われているそうです。

 

*「サ・エ・ラ」(続)“コロナウイールスの脅威” « La crise du Coronavirus COVID-19 » :

-マスク (le masque) : 1970年初頭のこと、当時東京からの飛行機はアンカレッジ経由の北極航路便で、パリには早朝の到着でした。丁度日本人団体客が増え出した頃で、到着便を担当しますと、特に冬期は寒く、防寒の意味からも日本人客は皆が白いマスクを掛けてゾロゾロ降りてくるものですから、一緒のフランス人職員が私に「ムッシュー・カン、あの人達は何だ、結核患者の団体か、、、?」等と小声で聞いてきたものです。ですから市内でマスクを掛けていますと、メトロの中で隣席の人が、いやそうな顔で席を立って離れて行ったりしたものです。それからの長い年月が経ち、今回のコロナ騒動では、当初一般にはマスクを掛ける必要なし、としていた政府が今では屋内だけでなく、場所によっては戸外でもマスクを義務付け、違反者には罰金135€を科す、とまでになりました。しかし、何かとお上に抵抗する市民は、マスク代が1週間で幾ら、1ヶ月で幾ら、、、低所得ではとてもマスクは買えない、と訴えました。確かに夏の暑さにマスクは暑く息苦しいもの、マスクさえ掛けていれば自分には感染しない、と信じている様子も見えますが、何回使ったのか薄汚れたものを平気で掛けている人、駅のホームだろうが歩道だろうがその辺にポイと捨てる人、、、マスクの義務化に反対する:反マスク・デモもあったとか、、、

 

野外大劇場:ナントの近くにあるこの劇場は、城郭と森を背景に、広々とした庭園に1万人を収容できる客席を設け、その土地の中世の歴史と様々な生活の様子を大スペクタクルで展開することで知られています。コロナ騒動で3ヶ月余りは止む無く閉鎖していたのですが、規制が緩和され、折から夏休みでもあり、予約が後を絶たず、コロナ・ウイルス感染拡大を防ぐ為に政府が決めた集会規模最高5000人の規制に対して、客席の真ん中に透明な塀を設け、片側に5000人、もう一方に5000人の予約を受付けました。しかし、真ん中を塀で仕切っても、客席以外の場所、劇場の出入り口、駐車場等では結局1万人の接触ですから、サッカーの試合だって観客無しで行われているのに、と世間の大きな批判を浴びました。

 

夏のヴァカンス(les vacances d ‘été) :コロナ騒動で各方面に損失が見られますが、夏休みを短縮して遅れを取り戻そうという考えも特に無く、人々は何時もの様にヴァカンスに出掛けています。各所の窓口も、職員が休暇に出ますから人手不足、特に職業安定所(Pôle emploi)の窓口には日に日に増える失業者の長蛇の列(les files d’ attente)が見られます。国が勧めるコロナ検査も同様、暑い中をお互い距離を置いて長時間待たねばならない様です。「コロナ、コロナもう沢山!」どうやらその辺が市民の正直な気持ちなのではないでしょうか、、、。

2020818Ste.Hélène 日の出0648・日の入2059パリ朝夕16℃・日中25℃曇天

フランス通信(177) 文月                 Paris, le 17/07/2020

photo

photo

*7月に、、( AU MOIS DE JUILLET,,,,,,)7月になりました、と云うより、いつの間にか7月になっていて、既に半ばを過ぎました。今日は何月何日?今日は何曜日?、、、外出も極めて少ない所為か、時間ばかりが早く過ぎていくようです。この機会に“整理整頓”と思い、始めてはみましたが、時には思い出に耽ってしまい、思うようには進まず、部屋の中は相変らずゴミの山です。天気は変化が激しく、ある日は陽光強く、日中の気温が30℃を超えたかと思えば、翌日はどんより曇って風もあり、気温は20℃に下がって寒い位、時には雨が降って、日本の梅雨期を思わせるやや蒸し暑い天気、、、そんな毎日にコロナ騒動は終わったのでは決してないのですが、世間はいつの間にか夏のヴァカンス期になり、全くいつも通りに駅や空港は混雑、高速道路は渋滞、それぞれに出掛けて行ったようです。そして714日の革命記念日(le Quatorze Juillet)「パリ祭」は、恒例の消防署のダンスパーティも無く、凱旋門のエトワール広場からシャンゼリゼ大通りを下る大掛かりなパレードも無く、コンコルド広場に設けた会場に、大統領夫妻と各閣僚を中心に、コロナ騒動に命がけで戦う医療関係者の代表を招いて感謝し、激励、それでも軍隊の行進だけは欠かさず、例年に比べれば地味な式典が執り行われました。夜になってエッフェル塔での花火大会や音楽会も人が大勢集まることを避ける為に周辺地域は封鎖して観客無し、テレビ中継のみで開かれました。コロナ禍で催事・祭事も中止や延期が続く中、エッフェル塔やルーヴル美術館、ディズニーランドも再開しましたが、ウイルスの勢いは鎮まることが無く、720日の月曜日からはホール、アーケード、ショッピング・モール等々公共の場の屋内でのマスクが義務付けられました。

 

*フランスで最も好まれる名前:( LES PRENOMS LES PLUS POPULAIRES EN FRANCE ) :昨年の9月より今日迄に全国の市役所に提出された出生届から最も人気ある名前の順位が国立統計経済研究所(INSEE :Institut national de la statistique et des études économiques)から発表されました。それによりますと、女の子の1位はエマ(Emma)2位ジャード(Jade)3位はルイーズ(Louise)、男の子はガブリエル(Gabriel)、ラファエル(Raphaël)、そしてレオ(Léo)、と

前年度と全く変わっていません。いずれにしても名前は短く、音のはっきりしたものが好まれ、1993年に法的規制が緩和されてからは、キリスト教以外のイスラム教等の宗教の聖人や賢人の名、地中海的、アングロ・サクソン的な名前も増え 女の子ではAssia,Luna,Léna,Mia,......Aで終わるもの、男の子ではLiam,Tom,Lenny, Soan或いはMohamed,Ali,Ismaël,等々ローマ字綴りでフランス語以外のアクセント記号の付かないものが受け付けられています。

 

*光の石切り場 ( CARRIERES DE LUMIERES ) : アヴィニョンから約25㎞、ブドウやオリーブの畑が続く道を進んでいくと、やがて巨石、奇岩むき出しの台地が見えてきます。プロヴァンス地方の景勝地“レ・ボー・ド・プロヴァンス”(Les Baux-de-Provence)です。村に入ると古い街並みが頂上の城址迄続き、其処ここから見える景色は正に絶景、、、しかし、この村の入り口から更に一山回り込んだ所には石切り場があり、19世紀にはアルミや鉄を含む鉱石が採れ、村の名を取って“ボーキサイト”(les Bauxite)と呼ばれ、当時のアルミ産業に大いに貢献していたのですが、20世紀に入って廃坑となり、そのままになっていたのを、ある日そこを訪れた写真家のアルベール・プレシィ(1914-1977)が、広大な石切り場の美しさに魅かれ、採石により出来た空間を舞台として数々の催事を企画・開催して大好評を得て、「イメージ大聖堂」(la Cathédrale d’Images)と名付けました。2006年にはセザンヌの没後100年の記念に“セザンヌ・カラー”(Couleurs Cézanne)2013年には”モネ・ルノワール・シャガール地中海の旅“(Monet,Renoir,Chagall,,,,Voyages en Méditerranée)と題して、暗くヒンヤリとした4000m2もの石切り場の天井から壁、地面に至るまで画家達の代表作の数々を光と色の映像とオーディオによる音のハーモニーで展開、見ている自分が、まるで絵画の中に浮き上がるかのような不思議な感覚を与えました。今回は”ダリ、終わりなき謎“(DALI, l’énigme sans fin)のテーマで大スペクタークルを拡げています。202113日迄 Carrières de Lumières, Route de Maillane,

13520 Les Baux-de-Provence (ご注意)コロナ禍により開催が中止又は延期されることがあります。

 

*「サ・エ・ラ」(続)コロナウイールス « Le coronavirus »(suite) : 71日現在、入院患者8536人(重症患者682人を含む)3月以来の死者29843人)-“マスク”= 普段からマスクの習慣が無いのですが、今は掛けてないと変な顔をされる程になりました、しかし鼻が高いからか、大きいからか、鼻にも色々な形があるからでしょう、話をするうちにずり落ちてきてしまい、手で押し上げたり、始めから鼻がすっかり外に出ている人も多く見かけます。マスクを掛けていないのでマイクを向ければ「マスクは嫌いだから、、、」とハッキリ返事をする人も居ます。今月20日からは公共の場、特に屋内では11歳以上の人は誰でもマスクが義務付けられますが、暑い夏にマスクは暑苦しい、息苦しいのも確かです。(710日現在、入院7062人(重症者496人)死者合計30004人(3万人を超える))、‐“カフェ・テラス”= カフェやレストランが規定距離を置いてテラス(主には歩道ですが)に客席を設けて営業が許可になり、今は屋内もよくなりましたが、これから夏はテラスの席に人気が集まります。しかし、店によっては歩道を大きく占領していたり、客だって勝手な座り方をして行儀のよくない人もあり、杖を頼りの盲目の人、車椅子の身障者、乳母車を押している人、大きな荷物を運ぶ人、、、等から通行し辛く、場合によっては一旦車道に下りなくてはならないので大変危険である、、等、大きなクレームが上がりました。(716日現在、入院6796人(重症481人)、死者合計30138人)、-“第二次感染の危険と気配”= 空気感染が話題に上がるようになった頃、恒例の音楽祭は各地それぞれに感染予防策を布いて行われましたが、パリのサン・マルタン運河沿いでは車の通行を止める程の人が集まり、交通整理に出動した警官達に「自由を奪う気か、、、」と抵抗したり、各地でのロック・コンサートには大勢の人がマスクも掛けずに唄い踊り、 ニースでの夏祭り« Mon été Nice »では口々に「もう4ヶ月近くも我慢を強いられているが、もう沢山、、、」と、狂ったように騒いで危険な状況であった為、“第二次感染”に対する警告が発せられました。« Protegez-vous,protegez les autres, afin de réduire le risque de transmission du coronavirus, évitez les rassemblements et les lieux fréquentés. » 「コロナウイルスの感染の危険を食い止める為、集まることを避け、人が頻繁に行き来する場所に行かない様に各人それぞれにご注意下さい。」

2020717Sainte Charlotte 日の出0607・日の入2146 天気:パリ朝夕15/日中28℃晴天、ニース朝夕21/日中26℃晴天、、、、、、「頬を染め恥ずかしそうに杏の実」(繁)

フランス通信(176) 水無月                Paris,le 21/06/2020

photo

photo

*6月に( AU MOIS DE JUIN ) :コロナ騒動で外出禁止令が発令されたのが315日のこと、それからは出来るだけ家に閉じこもって今日迄3ヶ月余りが過ぎ去きました。若葉であった木々の葉はすっかり濃い緑色となって、ポプラ(le peuplier)の枝に掛けたカササギ(la pie)の巣が葉に隠れてしまい、ヒナの様子も見えなくなってしまいましたが、いつの頃からかよく晴れた日には黒ツグミ(le merle)が鋭い声で歌うようになり、夏が近い事に気が付きました。今は外出禁止令も解除され、と云っても規制が緩和されたに過ぎませんが、外出時には必携だった各種の証明書は不要、自宅からの制限距離や時間の制限も無くなり、相変わらずマスクを掛け、人と人との間の距離は守らなければならないにしても、こちらの人がよく云う”ラ・リべルテ(la liberté・自由)“が戻って来たかに感じます。いつもでしたらツツジ(l’ azalée) や石楠花(le rhododendron)、紫陽花 (l’ hortensia)を見に出掛けるところですが今年は我慢、アパルトマンのテラスの小さな杏の木に生った9個の実が色付いて行くのを楽しみに眺め、シーズン最後の真っ赤な小粒の苺「シフレット(la ciflorette)」の香りと酸味に春を懐かしんでいます。日本は既に梅雨期に入ったそうですね。

 

*「ターナー・絵画・水彩画展」( Expo. « TURNER,peintures et aquarelles » ) :英国の代表的な印象主義の画家ウイリアム・ターナーは、1775年に薄暗いロンドンのコヴェントガーデンで理髪師を父に生まれ、多くの旅を通して光と色を求め、朝に夕に太陽を仰ぎ、風や雨、霧や雲、悪天候の中にすら光を探し、チェルシーに引き揚げてから「太陽は神である(le Soleil est Dieu)」と云って1851年に亡くなりました。クロード・モネも大いに影響を受けたと云われています。今回はテート・ギャラリーのコレクションから「アヴォン峡谷の眺め(Vue des goeges de l’ Avon)(1791)」、「ジュミエ―ジュ村(Jumièges)(1832)」等の水彩画を中心に展示しています。2021111日迄 ジャクマール・アンドレ美術館にて(Musée Jacquemart André, 158,Boulevard Haussmann,75008 Paris(Métro : Miromesnil))毎日10時―18 (*)当美術館は19世紀の銀行家夫妻の館で、音楽の間、吹き抜けの室内庭園、天井画のあるルイ15世様式の大小のサロンにティエポロやボッティチェリ等イタリ-・ルネッサンスの絵画・彫刻が飾られていて、それだけでも訪れる価値があると思います。レストランもありランチも味わえます。(*)購読雑誌に久し振りに美術展の案内が載っていましたのでご紹介の次第です。

 

*クリスト逝く( Décès de Christo ) :1985年にセーヌに掛かる橋“ポン・ヌフ”をすっぽり布で包み込んでしまったブルガリア生まれのアーチストのクリスト(Christo Javacheff)が、今年の4月にはパリの凱旋門を包むと云う計画がポンピドー・センターから発表されていましたが(小信162号参照)コロナ騒動により9月に延期となり、更に来年1月に変更され、ポンピドー・センターにての展覧会も決まったのですが、クリスト本人が惜しくも亡くなってしまいました。(1935-2020)実現すれば青みがかった銀色の布に包まれ、紅いロープで結ばれ、風のままに膨らみ、揺れ、陽光に表情を変える凱旋門が見られるはずでしたが、、、残念なことです。

 

*「サ・エ・ラ」(続)コロナウイールス « Le coronavirus »(suite) : 先信に続いて以下にその後の様子をお伝えします。5月11日に外出禁止令が条件付きで解除されましたが、5月も末になりますと、数字の上ではコロナ関連の病人は減ってはきたものの、他の病人を収容するベッド数は相変らず不足している等々、さすがに皆の我慢も限界に来た様で、特に医療関係者に疲労が目立ちました。病院近くの壁には「疲れ果てた看護人、看護人が危ない( Soignants épuisés, Soignqnts en danger )」或いは「白衣、黒い怒り(Blouses blanches, colère noire)」といった“落書き”が見られました。530日現在コロナ入院患者数14380人(集中治療室・重症者1325人を含む)、コロナ死亡者数は31日以来合計28771人で、TVでは政府のコミュニケが日に何度も流れ、「ウイルスは常に居る、常に漂い続けている、ご用心下さい、、、、」(Le virus est toujours là ,,,,Le virus continue à circuler,,,,,Restez prudents,,,,,,)の言葉を繰り返し、カフェやレストラン、学校の教室など、普段は割合にいい加減な様ですが、しかめっ面で物差しでテーブルや椅子の距離を測っている姿が見られました。政府は511日の外出規制緩和から61日を第1段階、621日迄を第2段階、そして622日以降を第3段階、と設定しましたから、これからは第3段階に入ることになり、公園、海岸、湖岸、美術館、映画館、名所旧跡、展示会場・各種ホール、遊園地、宿泊施設、等々殆ど全てがマスク着用を条件に再開されます。

 

6月に入って目立って話題に上がったのは、日本が他国と比べて意外に感染度が低く、重症者や死亡例が少ないのは何故なのか、ということ、、、。それは日本人の衛生意識・感覚が優れていて、普段から手洗い、入浴等、清潔を重んじる生活習慣が高く、市町村の要請事項に従い協力する行動や、感染や症状の解明・研究と、それによる検討と対策が為されている、、、という事でした。それに比べて当地では「マスクを掛けろ、手を洗え、大勢が集まるな、距離を置け、、、、」と叫び続けているように感じます。もっとも「外出するな、、、」と云っても、低所得で毎日休まず働かねば食べられない人も多く、「テレ・ワーク」なんて飛んでもない、、、しかしこの人たちのお陰で社会が何とか成り立っている事実は否定できないと思います。マスク一つ供給出来ず、現場を知らず、もっともらしく措置だけを決める人達への市民の不満と怒りは、この機会に次第に露わとなってきました。62日にカフェやレストランがテラスでのみ営業再開しましたが、61日深夜には62日になるのを待ち兼ね、テラスの客席に群がる人達、、、店の主人はマスクを掛け、消毒液の瓶を置き、長い物差しでテーブル間の距離を測って、やってますよ、と云わんばかり、集まってきた人達の何と嬉しそうな顔、、、こんなことが感染拡大の原因になるのでは、と心配しましたしかし63日には丁度食事時間の夕刻に凄い雷雨、、、天の皮肉か、警告か、、。同じ頃、アメリカでの警官による暴行と人種差別問題が起こり、フランスでも同様の事件があって「警察の暴力と人種差別に対する抗議」がコロナウイルスを上回り、今日に続いています。69日、禁を冒して人々が大勢集まり、集会とデモ、、、、コロナは忘れられた感があります。時にコロナ入院患者数11961人、その中重症者955人、初めて1000人を割りました。3月からのコロナによる死亡者数は29296人、病院だけでも毎日2桁の人が亡くなっています。コロナ騒動で多くの店舗や会社が倒産、失業者数がうなぎ上りですが、慈善団体への献金・寄付金の額は普段の700%増とのこと、市民の強い連帯感(la solidalrité)を感じました。614日、北京やお隣りドイツで第2次感染拡大か、というニュースが流れる頃、マクロン大統領が演説、各種規制の全面解除を宣言しました。この日の入院患者数は10535人、重症者はその中820人、死亡者合計は29547名、、、、616日、昼夜を問わず闘う医療関係者が「英雄」と称えられながらも具体的な待遇改善が為されていない医療現場の極限の状況がデモとなって表現されました。22日からは学校も始まりますが、夏休みを短くする話は一切聞いたことも無く、ヴァカンスは何処へ、国内か外国か、も話に上り、学校へ行っても夏休み迄あと1週間、、、学校へ行っても何にもならないから行かない、との声が強い様です。

2020621Saint Rodolphe  日の出0546・日の入2158  パリ朝夕12/日中23℃曇天

Ensemble, bloquons l’épidémie「みんなで感染を防ぎましょう」皆様お元気でご無事にお過ごし下さい。
フランス通信(175) 五月                 Paris,le 25/05/2020

photo

photo

photo

*5月に (AU MOIS DE MAI) : “五月は唄う、、、”春の春、花の季節、、、いつもでしたら花を訪ねて歩く頃ですが、315日に外出禁止令が布かれてより出掛けることもせず、511日に禁止令は解除されたものの、コロナウイルスの感染は広く続いて、実は緩和されただけ、相変わらず外出を謹んでいます。こういう時に限って毎日が初夏の様な暑い位の天気、一度だけ雷を伴った大雨がありましたが、概ね好天が続いています。アパートのテラスから毎日見る景色は、若葉からすっかり緑の豊かなものとなり、テラスに咲く紅いゼラニウムの花、シブレットの紫の小さい花、やはり小さな12輪の薔薇の花、そして今年も生った11個程の未だ小さく青い杏の実が大いに慰めとなっています。遠く地平線近くに見えるパリ・オルリー空港に普段なら15分おきとは云わず離着陸する飛行機の姿は無く、双眼鏡で覗けば、飛ばなくなった沢山の飛行機がずらりと並んでいるのが見えます。時々丘の向こうのヴィラクーブレー空軍基地への輸送機が上を通り過ぎ、近くの循環器専門病院へ患者を搬送するヘリコプターが日に何度もやって来るのはいつもと変わりありません。しかし家に居れば居るで何かとやることもあり、時々は病院や診療所と電話で結んで日本人の留学生や派遣員の家族の診療の通訳を務めたり、古新聞や雑誌を切り抜いては捨て、整理整頓迄はまだまだですが、片付けものは山ほどあり、この際は特に急がずのんびりと過ごしています。皆様は如何お過ごしですか?

現在の“予定”では、カフェやレストランばかりでなく6月上旬迄 映画館、劇場、美術館、体育館、公園、古城、名所旧跡、、、全てが閉まっていて、催事・祭事も延期や中止の為、ご案内出来るものが特にありませんので、先信174号に続き < ça et là >“サ・エ・ラ”と題して日々のメモから色々と様子をお伝えすることに致します。ご了解よろしくお願い致します。

 

*「サ・エ・ラ」“続・コロナウイールスの脅威” « la crise du Coronavirus COVID-19(suite) »511日、315日発令以来の外出禁止令が、沢山の疑問を残して解除されました。実は解除というよりも緩和されたと云う方が正しいかもしれません。当初は65歳以上の高齢者と身障者等はそのまま自宅に留まる様に、とのことでしたが、これは一種の「差別」(la discrimination)との強い批判が出て、全ての人となり、外出時に必要であった面倒な外出証明書は不要となり、それ迄外出は1キロ以内・1時間以内・1人で、、、という制限も100キロ以内は自由となり、気分的にも少し楽になりました。但し、通勤・通学時の午前1030以前と午後330以降の電車・バスの利用と100キロ以上の距離に出掛けるには理由書の携行が義務づけられ、交通機関の70%の運行が再開されました。車内でのマスク着用が義務付けられましたが、相変わらずのマスク不足に、国鉄やパリ市交通営団が無料配布すべきとの声が高まりました。一方では41ヶ月と511日迄は外出禁止令下で電車・バスを利用しなかった人が大半でしたので、その間の利用の有無に関係なく定期券(Navigo)の約1ヶ月半分の料金が一斉に払い戻しが決まり、割引運賃適用の私の券(50%)に対しても返金が為されました。さて、マスク(le masque)ですが、当初一般的にはマスクを掛ける必要はない、と云っていた厚生省が、今度はマスクは伝染予防に掛ける様に勧めますが、現場の医療担当者にすら不足気味ですから、マスクを掛けろとは云えません。手話は手指ばかりでなく、顔の表情も大切なので、マスクを掛けての会話は出来ないそうです。急に国内で生産したところでとても間に合わず、毎日のように中国から医療機器と共に大量にマスクを輸入しますが、空港での盗難、書類不備や不良品、規格外での送り返し、等々で品不足は一向に解決を見ません。薬局には「マスク、体温計、アルコール消毒液はありません」と掲示されたままです。外出禁止令が解かれて、幼稚園と小学校は512日開校が決まりましたが、登校にマスク、、、、子供用のマスクがあるのでしょうか、、、。427日、薬局に医療関係者と病人用にストックされたマスクを一般に売り出す許可が出ましたが、2軒に1軒、、、売値もバラバラ、すぐに売り切れました。薬局でやっと手に入れたけれど、中の説明書が英語で記されていて解らないというクレームもあったと聞いています。嘗て私達が冬期の寒さ除けに、春の花粉症予防にマスクを掛けていると怪訝そうな顔、中には隣の席を立っていく人が殆どだったフランス人が、今ではこちらがマスクを掛けていないと怖い顔をするフランス人、、、でも不慣れなのか、鼻が高いからか、鼻の形も色々、、、マスクがズレ落ちて鼻が出ている人も多く見かけます。マスク不足の現状から、自分で飛行機のアイ・マスクやブラジャーを改造したり、サイトで見つけた型紙で、余り布や好みの素材でハンドメイド、、、プレタポルテやオートクチュールのアトリエが手持ちの生地で洒落たマスクを作り、商品としてウインドーに並べる店もありますが、消毒など規定通りに為されているのかは甚だ疑問です。それにマスクは1枚持っていればよいと云うものでもありません。職場などでマスクを義務付けられると、低所得者にとってはかなりの出費になるとの意見もあります。ある新聞は「政府が2009年に鳥インフルエンザに対する医療計画に失敗、ワクチンを大量に購入したが、大流行に至らず、国家予算の無駄遣いに終ってしまった為、それ以来パンデミック対策には国家予算を削減、今回の初期の段階でも対応に遅れ、感染爆発時にはベッドも、スタッフも、全てが減っていて、十分な処置が出来なかった。更にマクロン大統領が政権を引き継いだ2017年に、国家の在庫にあった約7憶枚の非常時医療関係者用マスクを使用期限切れとして、担当局が処分し、必要な在庫の補充をしなかったことにも遠因がある、、」と書いています。フランスは年金改革反対を叫ぶ「黄色いベスト」運動以来、政府への抗議が1年半も続き、長期に亘るストライキなど社会運動の真っ最中にコロナ感染が起こったことも、対応の遅れの原因と云われます。お隣のドイツでは420日に外出禁止令が解除されましたが、2012年に流行病の最悪の事態を想定して備えていたので、今回はそれに従って各地方と医療関係者らに準備と措置を要請した為、対応も早かった様ですが、第2次感染拡大が心配されます。

418日:(1)入院患者数30639人(重症5833人)(2)死者31日以来合計)19329

424日:(1)28958(4870) (2)22245人  *51日:(1)25887(3878) (2)24594

*1890年以来の労働者の祝日「メーデー」と春を祝う「スズラン祭り」にデモも無く、スズランの街売りも無いのは第2次世界大戦以来初めての事、、、スズランの花は僅かにパン屋や肉屋の隅で売られ、スズラン農家は運賃が掛かるからと泣き泣き捨てました。 56日:(1)22724人(2868)、(2) 26230

510日:(1)22569(2776)(2)26380人、 *511日:(1)22284(2712)(2)26643人、

*数字の上では外出禁止令緩和の511日には入院患者数も重症者数も減ってはいますが、まだまだ感染拡大の危険はあります。久しぶりに友人・家族と会い、サン・マルタン運河やセーヌ河岸はシャンペンを開けて乾杯する人で賑わいましたが、直ぐに河岸での飲酒が禁止となりましたので「生きる歓びを求める人達に厳しい」と大きな話題になりました。

512日に大半の企業で事業が再開され、所定の勤務証明書を携行して、マスクを掛け、電車。バスの車内では2席に1席の使用、立ち席は各人が1m間隔で、、、とはいえ、マスクは駅頭で配布された所も多かったのですが、電車を待つプラットフォームや車内で間隔を置くのは不可能なこと、お互いけん制しながらの通退勤となりました。一方では、様々な分野の研究者達が、それぞれの分野での知識・経験から、商工業、文化事業、流通産業、飲食業、スポーツや観光事業、等々を今後どの様に運営していけばよいのか、各種の規制と時期を検討しました。これも何かで知ったのですが、国民の政府への信頼度のワースト1位は日本、何とフランスが2位との事、それに看護婦さんの給与は32ヶ国中フランスは22番目、、、マクロン大統領が病院訪問時に現場の看護婦さん達から直訴され、検討を約束する場面もありました。全体に収束に向かっていると云えないことはありませんが、気は許せません。3ヶ所の食肉工場で働く人達に患者が出て感染が分かり、肉を食べても大丈夫なのか、関係者は大丈夫とは云いますが、不安です。3月末でしたか、水道の水が汚染しているとの発表に大きな恐れを感じましたが、消火・散水用の水で飲料水ではないとのことで、あの時も暫らくは怖い思いでした。政府は皆に検査を勧めていますが、此方では鼻の穴に綿棒を突っ込むやり方で、大きな鼻で検査を受ける場面が何度もテレビに映って不快な思いです。この検査用の綿棒は国産ではなく、中国からの大量輸入になりますが、段ボール箱を開けて見たら、鼻用ではなく喉用のものだったという話が毎日のように続いています。

521日キリスト昇天祭の祝日(Ascension)は日中30℃に達する夏の様な暑さ、手紙を投函する為に久し振りに一寸出掛けました。暑苦しいからでしょうか、マスクを掛けてない人も多く、ある人は大げさに人を避けて通り過ぎ、角の草むらにはマスクが捨てられていました。

しかしTVニュースによれば、外出規制緩和後も29%のフランス人がそのまま外出をひかえて家に留まり、又若い人達の38%も相変わらず家から出ずに居るそうです。好天の日、週末の人出、マスクを掛けず、、、、これから第2波の感染ピークが訪れる可能性も十分にあります。

アパートのコンシエルジュが市の配給と云ってマスクを届けてくれました。何となく正体不明なコロナウイルス、、、ワクチンも治療薬も無く、諸説賑やかに、気を付けて、と云われても、一体どのように気を付けたらよいのでしょうか、、、、6月までは公園も閉まっていて、、、。車の通りも少なく、静かで、空気も澄んで青空が綺麗、、、その所為か小鳥達が沢山やって来て囀り、向かいのポプラの木にリスが棲みついて速足の木登り、、、夜になるとキツネやイノシシまでが歩き回っているのが見えて目を疑います。523日:入院患者17178人(重症1665人)、死者(31日以来合計)28332人、、、315日外出禁止令発令以来今日迄殆ど外出をせず家に籠り、しかし毎日をこんなにゆったり、のんびりと過ごすのは初めての様な気もします。皆様どうぞお元気でご無事に毎日をお過ごしになります様 心より祈り上げます。

 

「長引く外出禁止の結果、壁や植物に向かって喋るという行動は全く正常であって、相談に来ることではありません。しかし、壁や植物が返事をしだしたら、すぐに連絡してください。」(フランスの精神科医)

2020525Sainte Sophie日の出0557・日の入2138 天気:パリ朝夕11/日中24

曇天、ニース17/24℃晴天、ストラスブール9/22℃曇天、コタンタン半島8/19℃曇天   (菅)

フランス通信(174) 卯月                 Paris,le 17/04/2020

photo

photo

photo

*4月に( Au mois d ‘ AVRIL ) : 柔らかな若葉が生え揃った所為でしょうか、時折の木々を渡る風の音が変わったように聞こえます。春の盛りに暖かな陽光を浴び、今と咲き誇る花々を訪ねて歩き回りたいところですが、新コロナウイールスによる新型インフルエンザの急激な流行に、感染拡大を防ぐ為の外出禁止令により、3月中旬より1ヶ月の間は家から1歩も外に出ずに大人しくしています。しかし感染の勢いは衰えることなく、復活祭後の4月13日にマクロン大統領の4回目の演説(l’ allocution)により更に5月11日迄外出が厳しく規制されることとなり、2ヶ月間の在宅を余儀なくされました。ですから、今冬は雪も降らず比較的暖かかった上に、本来の怠惰な気持ちが手伝って、家の中に入れてやらずに放っておいたゼラニウムが、春を知り、驚くべき力で次々に紅い花を咲かせ、又アパートの庭の隅の大きな2本のマロニエの木に、いつもと変わりなく葉が繁り、沢山の白い花が咲いているのが、大いに慰めとなっています。こうして嘗てない緊急事態の時に限って明るく暖かな好天が続き、我慢できずに禁を冒してセーヌ河岸、公園や森に出てくる人が多く、規制は益々厳しいものとなってきました。散歩は生活の大切な一部、その為に公園、広場、緑の並木道、森林が多いわけですから、自由に歩けないのは大変なことです。カフェ、レストラン、映画館、劇場、美術館、等々は閉鎖のまま、スポーツもサッカーなどの試合も無く、他にこれといった催事もありませんから、今号は « çà et là »「サ・エ・ラ」と題して、先号に続き日々の記録と色々なエピソード等を記述したいと思います。ご了解よろしくお願い致します。


*「サ・エ・ラ」“ コロナウイールスの脅威”« la crise du Coronavirus COVID-19 » : 
Les mesures du confinement 外出禁止令、外出規制令、自宅待機令、自宅隔離令、、、と訳すのでしょうか、感染拡大を防ぐ為に3月16日から外出や人が集まることなどが禁止され、その意味からパン屋、食料品店、薬局など日用必需品を扱う商店以外、カフェ、レストラン、映画館、劇場、理髪・美容院、一般商店、公園や墓地も閉鎖されました。教会やモスクは開いていますが集会は禁止ですから儀式は出来ず、結婚式も葬儀すら出来ません。食料品、薬品など必要最低限の買い物は勿論許されますが、人と人とが1メートル間隔で行列に並んだり、、、止む無い外出には規定の証明書(Attestation de déplacement)を作成 して、理由書、例えば診察予約券、医薬処方箋、等と共に携行が義務付けられました。健康維持の為の散歩は犬の散歩も含め1人で1キロ以内、1時間以内の範囲で、と細かく規定されています。それ迄は「愛玩動物の散歩」となっていたものですから、猫ならまだしもウサギやアヒル、中にはロバや山羊を自分の愛玩動物だと連れて出てきた人もあり、その後に「犬」となりました。お上に対する抵抗は相変らずです。マスクは大いに不足していますので、病院で働く人達が優先ですから、まだまだ一般の人の手には入りませんので義務付けられず、各自で工夫して作る様に指導しています。これには派手な模様の布地や、下着や靴下、などからの工夫が紹介されていますが、本人は得意であっても果たして効果があるのか疑問を感じるものも少なくありません。3月23日治療に直接かかわっていた医師2名が感染して亡くなりました。患者数は2万人に達し、死者が1000人を超えました。地域により呼吸装置、蘇生装置を備えて対応できる病院に患者が溢れ出した為、軍隊が出て、草地にテント張りの野戦病院を設置するなどして応急処置、、翌日には患者も更に2000人増え、死者も100人多くなり、正に大量殺人(l’ hécatombe)の様相を呈しました。しかしこの辺りで治療の甲斐あって退院する人も多くなってきました。3月26日、現場の看護婦など不休の疲れが激しく、医学生、看護学校生、引退した医師、、、に広く呼びかけ、手助けを求めました。同時にベッドや機器に余裕のある他の地方の病院への重症患者の移送が、軍用輸送機、ヘリコプター、TGV 列車を一部改造して行われました。3月27日入院患者数は33000余人、死者2000人を超えました。一方クロロキーヌ(Chloroquine)という薬が治療に効果があるとの話が広がり、解熱剤や消炎剤を併用しては無意味だが、、、まことしやかな話に市販のプラケニル錠が直ちに薬局から姿を消し、早速に偽物がネット販売に登場、、、検問に当たる警察官に化けて罰金を取り立てるニセ警官、、、ウイルスの様に悪者がはびこります。呼吸機器とマスクは中国から大量に輸入していますが、パリに飛行機が着いて、沢山の段ボール箱が降ろされ、税関上屋に運ばれる途中で強盗に襲われ、、、今では憲兵隊の厳重警戒の下で運送が行われています。しかし車の通行が激減、ガランとしたパリの街、空気が澄んで青空が清々しい毎日、何と40年ぶりの綺麗な空気なのだそうですが、スピード違反が激増しだそうです。3月31日患者数が5万人を超え、死者3500人を数えました。
4月に入って、退院する人の数も増えましたが、患者数も重症者6000人を含め57000人に増え、死者が4000人、それ迄高齢者に多かった死者に初めて16才の未成年者が出ました。軍隊を始め全国一体となっての救援活動が展開され、さすがに国民一体となって外出禁止令に従うようになりました。患者数は多少なりとも減少の傾向が見えてきましたが、死者の数は増えるばかり、4月6日には9000人を超えました。
特に注目されたのは医療付き高齢者施設(EHPAD)で亡くなる人がその中2500人にも上ったことです。
こうした施設における普段の活動に早速調査が為されたことは言うまでもありません。4月9日、入院患者数は急激に減って3万人程度に落ち着きましたが、死者の数は1万人に達し、その中担当医が更に3名死亡、高齢者施設で亡くなった数が3200人となりました。パリ地区の場合には、流通が鈍くなったランジスの中央市場の野菜果物保存庫が軽く冷房してあるので、全ての遺体をここに運んで収容、霊安所にしました。2003年の酷暑の時も同様でした。家族はまずここに行き面会、その後埋葬となるのですが、遺族から保管料、面会料を徴収して大きな問題となりました。4月10日入院患者31000余人(重症者7000人)死者13000人、薬局には「マスク、体温計、アルコール消毒液売り切れ」の貼り紙が出ました。「外出禁止」で勤め人は家でテレ・ワーク、子供も家でテレ学習、、、では日給で働く人達はどうすればよいのでしょうか?毎日働かねば食べられないのです。その為地域によっては減便された電車・バスは満員、家に残された子供達はPCやスマホ、ゲームなど機器を持たず、喧嘩や盗みに走っています。パリ地区で最も多くの患者が出ているセーヌ・サン・ドニ市が正にそうなのです。幾つかの慈善団体が出て援助していますが、やはりその力には限りがあります。一方では、夫婦、子共が毎日、一日中一緒に居るもので、かえって夫婦喧嘩が絶えず、子供虐めが多い、という事態も起こっています。「私達こうして過ごしています、、、」と得意顔でTVルポに出てくる人もあるのですが、毎日こんなことをして、さていつまで続くのやら、、、、と疑問なものがあります。家族関係や心理的、社会的にデメリットの方が時間と共に大きくなって、国民のストレスは増大するばかり、という見方もありました。 非常事で外出規制が布かれていると云うのに、復活祭のヴァカンスの季節だからと出掛け、途中の検問に引っ掛かって戻ってくる人もあり、市町村によっては、商売は上がったりだが、病気は怖い、と他所者の滞在を拒否している所もあります。4月11日、入院患者数も死者の数も動かず、やや希望的となり、外出規制を緩める話が出始めました。しかし学校は大学も含め9月の新学年まで休校、高齢者は年末まで外出禁止、と云ことでした。外出規制がこのまま続くことにより経済危機の影響で死ぬ人が、コロナで死ぬ人よりも多くなるのでは、という説が経済紙に載りました。外出禁止令解除後にもっと働かなければならないからだ、とのことです。4月12日はキリストの復活を祝う大祝日、春も盛りに目出度い日であるはずが今年はミサもなく、ところがパリ5区の聖二コラ教会は信徒を集めて秘かにミサを挙げたのですが、不用意にもオルガンを演奏した為近所に知られ、訴えられて、神父さんは重い罰金を取られました。しかし参列していた信徒は全員無罪放免、取締官も信徒だったから?と話題です。好天に日中の人出が多くなったパリ市は日中10時―19時のジョギングを禁じましたが、日が長くなって19時はまだまだ明るいので、変わらぬ人出が見られ、まるで鬼ごっこです。何時の頃からか20時00、アパートのテラスに人が出て、コロナ患者の為に献身的に尽力する医師や看護婦など医療関係者に感謝と激励を送るために大きな拍手をする様になりました。その行為自体は好いのですが、中には鉄の手すりをガンガンたたき、鍋釜を持ちだして叩き、下手な楽器を奏で、嬌声を発し、叫び、床を踏み鳴らす等“やり過ぎ”があり、近所迷惑になっているケースも見られ、それを知った医療関係者達は、気持ちは嬉しいが、応援してくれるなら静かに家に居て欲しい« Restez chez vous » « Restez à la maison »と繰り返しています。営業が出来なくなったレストランの中には、毎日料理を作って病院に届け、看護婦や医師たちを激励している奇特なシェフも居ます。向い側のアパートのバルコンで5m位の所を毎日行ったり来たりしている高齢のご婦人の姿、半裸で食事を楽しんでいる夫婦の姿、人さまざまに感じます。患者の8割は中年以上の男性、女性は先天免疫力が強いから、という医師の説が紹介されました。


4月13日夕刻20時00のニュースの時間にマクロン大統領の演説がありました。最も関心のあった「外出禁止令」は更に1ヶ月延期して5月11日迄とする。学校は大学を除き託児所から高校迄5月11日より段階的に開校する。カフェ、レストラン、劇場、映画館、美術館、等は7月中旬迄閉鎖、その後の様子次第で検討する。高齢者、身障者、等の外出規制は継続する、といった内容でしたが、即刻“学校は外出規制令解除から徐々に開校と早めたが、親の仕事再開を優先したもので、学校を子供の預かり所とみなしている”との批判が多く、内容的には勉強不足で支離滅裂との厳しい批評が上がりました。この日現在の入院患者数は32300人、その中重症患者6730人、これ迄の死者合計は15730人となっています。各種アレルギー体質、循環器系の病気、糖尿病、肥満症などは特に要注意とのこと。一時は意識不明に陥り、蘇生装置の下で治療を受け、味覚や嗅覚はやや衰えたが、退院にこぎつけた人達へのインタビューが私達を力づけて呉れます。4月15日、原子力空母“C・ドゴール”艦内1800人乗り組みの中40人が発病、ミッション中途でツーロンに急ぎ帰港、検疫の結果600余人が陽性と判明しました。一方では医療活動に日々努める人達に対して政府は既定の保証の他に各人1500ユーロから2000ユーロの報奨金の支払いを発表しました。最近のテレビは生放送はニュースだけ、あとは映画ばかり、既に放映済みのフィルムを何回も回したり、お陰様で結構な古く懐かしい映画を見ることもあります:”冒険者たち“(アラン・ドロン、リノ・ベンチュラ)、”赤い灯をつけるな“(ジャン・ギャバン、アニー・ジラルド)、”上流社会“(ビング・クロスビー、グレース・ケリー、フランク・シナトラ)、、、、食料もまあまあにお陰様で元気にしております。

*コロナ騒動 : 「友が云う「君」という字にコロナ居る」 (朗)
*外出禁止令 :  「無口でも 居ると居ないで大違い」  (眞)
*時の心得  :  「年老いて 風邪には注意怠らず」   (寛)

2020年4月17日Saint Anicet : 日の出06時55・日の入19時45 天気・パリ朝夕12℃/日中25℃晴天、ニース11℃/19℃曇天、ストラスブール8℃/26℃晴天、皆様のご無事な毎日を祈っております。菅 佳夫

フランス通信(173) 弥生                     Paris,le 21/03/2020

photo

photo

*3月に ( AU MOIS DE MARS ) : 今冬は寒さも厳しいことなく、雪も降らず終い、しかし、カリーヌ、レオン、ミリアム等と名付けられた100㎞/hを超える暴風(la rafale)が、時には小さな竜巻(la mini tornade)を伴って次ぎ次ぎにやって来ては吹き荒れ、各地に甚大な被害を及ぼしました。3月に入ってから急に寒さを感じ、新聞にも「やっと冬」(Enfin l’hiver)と報じられた程でしたが、自然は強いもの、3月は別名で“桜月”、“花見月”等と呼ばれる通り、各地から河津桜や色々な春の花の便りが聞かれるようになりました。パリのモンスリー公園に春を訪ねましたら、水際に枝垂桜、草原の木々をバックに木蓮(le magnolia)が明るく咲いていましたが、悪天候(les intempéries)は相も変わらず、めったに晴れることも無く、時々の雨は冷たく、パリの洪水を防ぐ為に造られた4つの人工湖も間もなく満水、茶色に濁ったセーヌの流れは、水位の目印となるアルマ橋の橋脚に立つズアーヴ兵(*)の石像の足元を脅しています。日本の友人からの便りによれば“ホワイトデー”に一寸した降雪があったとか、、、。(*)ズアーヴ兵(le zouave) :クリミア戦争でフランス軍が勝利を収めたロシアのアルマで大いに活躍した“ズアーヴ”と呼ばれるアルジェリアの歩兵

*新コロナヴィールス ( CORONAVIRUS / COVID-19 ) : 定年退職制度の改定に反対して12月8日から続くストライキが解決しないままに1月22日に中国湖北省武漢からボルドーに帰った人が発病、同じ日パリでも観光客2名が陽性と解り入院、新型コロナヴィ-ルスによる肺炎と保健省から発表がありました。中国ではその後急速に蔓延し、危険も大きくなった為、フランス政府は数回飛行機をチャーターしてフランス人とヨーロッパ人を引き上げさせ、南仏の休暇村に収容して2週間監視下に置きました。しかし、蔓延の勢いは強まるばかり、2月25日には患者11名/死者1名、3月に入って5日には患者も377名死者6名、翌3月6日には何と613名/9名にもなりました。3月9日1191名/21名、11日2281/48と感染率と致死率が倍々に上がりましたので、世界保健機構(WHO)(OMS : Organisation mondiale de la santé)はパンデミック(Pandemic世界的大流行の感染症)に指定しました。因みに過去20世紀100年の間に“パンデミック”に指定されたのは、スペイン風邪(1918)、アジア風邪(1957)、そして香港風邪(1968)の3つです。マクロン大統領は3月12日患者数2876名/死者61名との数字を受けて、TV演説を行い、感染拡大を防ぐ為国民に協力を要請、政策・方針を発表ました。それによると国民の健康を最優先、病院の受け入れを強化、70才以上の高齢者、障害者、慢性病持ち、呼吸器系の病人等は出来る限り外出を控える、、、感染拡大を防ぐ為3月16日から次の指示がある迄(jusqu’à nouvel ordre) 託児所、幼稚園、小、中,高、専門学校、大学、大学院を閉鎖、企業に対してはテレワークの促進、移動は必要最小限に、集会は制限する、等々国民の連帯を呼び掛けました。続いて感染者4499名/死者91名に急増した3月14日にはフィリップ首相が同様にTV 演説を行い、 同日24時から新たな指示がある迄相変わらず賑わっているカフェ、レストラン、映画館、ディスコ、等を閉鎖、食料品、薬局、新聞雑誌、ガソリン・スタンドといった生活必需品販売を除く全ての商店の閉鎖を命じました。各種の会合、集会を禁じ、教会など宗教施設は閉めないが、集会は禁止又は延期、折からキリストの復活祭に向かっての儀式、それに結婚式や葬儀も不可、、、、都市交通は平常通りに運行するが、次第に減らして、人々の移動と接触を少なくして感染拡大を防ぐ様に呼び掛けました。更に3月16日再びマクロン大統領がTV演説を行い、まず第一に感染拡大(la propagation)を抑制する為に「厳格な移動の制限」を宣言、実際には自宅待機(le confinement)を基本とした外出禁止令を打ち出しました。それによると3月17日正午以降15日間は外出禁止、自宅待機を原則、但し、外出が許されるのは、身分証明書と共に所定の外出証明書( ATTESTATION DE DEPLACEMENT DEROGATION・各自で内務省のサイトからダウンロードして印刷)を作成・携行することを第一条件として(1)在宅でテレワーク不可の場合の通勤、職場の保証書を提示(2)近場の商店での食料品を始めとする日用雑貨の買い物(3)診療・検査・治療等医療施設や薬局への往復、予約券、処方箋を提示(4)子供、病人、身体障害者、高齢者の世話(5)個人的な運動(ジョギング、体操、、、犬の散歩も)但し、自宅周辺で集まりを伴わないことを条件としています。この証明書のフォーマットをスマホにインプットして提示した人も多かったようですが、紙に印刷したものでないと有効ではないとのことです。違反には130€以上の罰金が課せられる由。集会は例え家族や友人間であっても禁止、公園も閉鎖されました。しかし、健康維持の為のジョギングや犬の散歩は許されているとして、セーヌ河岸、モンマルトルの丘、ニースの海岸道路、各地の海岸などに人が出て、感染拡大抑制を目的とした外出禁止令も何も意味が無く、その後海浜は立ち入り禁止措置が採られましたが、マクロン大統領は今夕辺り、国民の自覚と規律、理解と協力を求めて又TV演説を行うのではないか、との予想です。((*)先刻ニースの海岸通りは通行止めとなり、パリ市内セーヌ河右岸・左岸、アンヴァリッド前の広場芝地、エッフェル塔下シャン・ド・マルス緑地帯も通行禁止となりました。)一方、街のあちこちに出動の警察官や兵隊に化けた罰金目当てのニセの私服警官が横行、、、 « Ensemble à la maison »「我が家でご一緒に」と題して、自宅からTVを通じて演奏を聞かせているポピュラー歌手やクラシックの演奏家も居ます。街によってはスーパー等でペーパータオルやトイレットペーパーを取り合って喧嘩になったり、パスタや砂糖などの棚が空っぽだったり、、、の場面をTVニュースで見るものですから、買い物に出る勇気がなく、初めてサイトで注文して配達を頼んでみました。注文した品が全ては揃いませんでしたが、翌日配達がありました。戸口にダンボール箱を置いて急ぎ立ち去った若者のいでたちは月光仮面を思い出させるものがありました。「、、、ハヤテの様に現れて、ハヤテの様に去って行くゥ、、、」「 « Restez à la maison » 家に居なさい!」台所の窓から下の通りをボンヤリと眺めていましたら、近くのパン屋で買ったバゲットを2本手に持った人がのんびりとした感じで歩いている、ごく当たり前の風景があり、何となくホッとしました。

« CORONAVIRUS – COVID 19 » 私は「小人19号コロナ君」と呼んでますが、今日は患者数が1万人を超えました。これからどうなるのでしょうか、、、。軍の病院、私立の病院・診療所、、の受け入れ態勢も整ったとの事ですが、蘇生装置が不足していることが問題との事です。そして現在約13万人のフランス人が外国に居て帰国を希望していますが飛行機が飛んでなく「自分達はフランスに見放された、、、」と各地の空港に集まって騒いでいる様子ですが、今のところ政府は応答していません。しかし、こうしたフランス人の気質に対して、全体的にこの位厳しく対処するのは当然、との意見も多く見られます。


今号はコロナヴィールス騒動にて美術館など各所が現在のところ無期限に閉鎖されている為、美術展などの催事はご紹介出来ませんでした。また、沢山の方々からお見舞いを頂きまして、ありがとうございました。その中で「諸説ふんぷん、どれが正解なのかさっぱり、、、何に気を付けてよいのか分かりませんが、お互い気をつけましょう。」と云うのがありました。皆様どうぞお元気に毎日をお過ごしください。

2020年3月21日Ste.Clémence 日の出06時50・日の入19時05 天気:パリ朝夕6℃/日中11℃曇天、ニース9℃/16℃曇天、ストラスブール8℃/9℃曇天。時々の温かな陽光に春を訪ねて歩きたいのですが、今のところはそれも出来ず誠に残念、、今頃は、と想像しています。「咲く花に春が来たねと話しかけ」菅

フランス通信(172) 如月                    Paris,le 16/02/2020

photo

photo

*2月に ( AU MOIS DE FEVRIER ) : 今冬は今のところ雪が降ることも無く、厳しい寒さも無いのですが、と云ってよく晴れて陽光が眩しい日も少なく、モサードな(maussade陰気な,、、、)天気の日が続いています。先日は« Ciara »と云う大嵐が大西洋からヨーロッパ北部を襲い、地中海のコルシカ島に迄下がって3日間も大暴れ、地球の温暖化(le réchauffement climatique)によるものか、場所によっては小型の竜巻(la mini-tornade)まで起こして屋根を吹き飛ばし、車をひっくり返し、大きな木を根こそぎ倒すお転婆振りを発揮、何処かへ去って行きました。長続きはしなくても晴れた時には、つい先日まで部屋の奥迄射しこんでいた陽光が、既に部屋の中程までになっていることに気が付き、春が近づいていることを感じます。日本の友人からは紅梅や白梅の花が咲いたと写真入りの便りが届き、近くの花壇に黄水仙((la jonquille)が咲いているのを見付けて、パリのモンスリー公園の芝生に咲く黄色のクロッカス(le crocus)の花を見に行ってこようと思っています。 « Pendant l’ hiver, la nature s’ était endormie sous le blanc manteau de neige et de glace,..(忘れました)....mais maintenant, ils se sont réveillés , le printemps est venu.» いい加減な記憶ですが、春が近づくといつも中学校のフランス語の授業でビルマン先生から教わったこの文章が頭を過ぎります。

昨年125日に始まった年金制度改革反対を訴えるデモ行進は、相変わらず週末に続けられ、ストライキも終わることなく年が明け、一向に解決を見ないまま今日に至っていますが、市民の足を奪っていた交通機関は次第に回復してきました。国鉄(SNCF)とパリ市交通営団(RATP)ではNAVIGOというパリ市及び郊外地区に有効な定期券を、12月分のみ一斉払い戻しを決め、指定のサイトから3月12日迄に必要手続きをするように発表されましたので、PCをポツポツと

叩いて請求しましたところ、全額75,20€を3週間以内に銀行口座宛てに振り込む由 確認書が届きました。学生割引その他全ての割引料金適応の定期券も払い戻しが為されるとの事です。

*「レオナルド・ダヴィンチ」展終夜開催 (L’ OUVERTURE 24h/24 de l’Expo. « LEONARD DE VINCI ») : ダヴィンチ没後500年を記念してルーヴル美術館にて「世紀の展覧会」と好評開催中の大回顧展は、予約が最終日まで既に満員の為、ルーヴル美術館は更に広く鑑賞に供する意向から、221日(金)2100から最終日の224日(月)1745迄の24時間開館を決め、発表しました。相変わらず予約は必要ですが、夜間2100から早朝0830迄の入場は無料となっています。www.ticketlouvre.fr  A compter du vendredi 21 février 2020, l’exposition « Léonard de Vinci » sera ouverte 24h/24 jusqu’à 17h45 le lundi 24 février, dernier jour de l’ exposition. La réservation en ligne sur www.ticketlouvre.fr reste obligatoire,mais toutes les places entre 21h00 et 08h30 sont gratuites.

*「スズメは何処に?」( MAIS OU SONT PASSES LES MOINEAUX ? ) : そう云えば最近スズメの姿が見えません。さえずりさえも聞こえません。何処へ行ってしまったのでしょう。パリ・パリ郊外地区鳥類学センター(CORIF : le Centre Ornithologique d’Ile-de-France)によれば、過去10年間に亘る定点観測の結果、パリだけでなくロンドンやヨーロッパ各地も同様に73%が居なくなり、原因としては殺虫剤、空気汚染などで餌になる虫が居なくなり、巣をかける建物の窪みや雑木が少なくなり、といって巣箱を作って掛けても来る類の鳥ではないことなどが原因としています。その辺に幾らでも居て飛び交い、アパートのテラスに米を撒けばすぐさまやって来て賑やかについばみ、公園では鳩より素早くおばさんの手に乗って餌をつつき、カフェテラスで皿から見事にフリットを銜えて飛び去るスズメ、、、、、「スズメ、スズメ、お宿は何処だ、、、」

*国際農業展示会2020 ( SALON INTERNATIONAL DE L’ AGRICULTURE (SIA)2020 ) : パリで開かれる数々の展示会の中で最も人気があり、既に50年以上も毎年開かれています。出展者は1300を超え、農業だけでなく牧畜や食品を含む大規模な展示会ですから、穀物、野菜、果物、等の農作物そのものやワイン、ジャム、ビスケット、ケーキの様な加工品ばかりか、牛、馬、豚、山羊、羊、七面鳥、鴨や鶏、ホロホロ鳥、兎、牧羊犬、といった動物達も参加、肥料、飼料からハム、ソーセージやバター、チーズ、ヨーグルト等々の肉、卵、乳製品も巾広く展示され、試食や販売もして、フランスが如何に大きな農牧国であるかを示し、誇っているかの様です。

毎年大統領が開会を宣言、好みのツマミで嬉しそうに一杯やる姿が見られます。動物の飼い主達は会期中は会場に寝泊まりして動物の世話にあたりますが、時には豚や羊に赤ちゃんが生まれたり、卵から雛が孵ったり、、、、色々と試飲や試食も出来ますので、関係業者ばかりでなく家族連れでも楽しめる展示会です。「BIO,、、BIOとはいったい何なのか、それがBIO製品であることは如何に証明されるのか、、、BIOと付くと何故に値段が高いのか、、、」相変わらずの話題です。

222日から31日迄、Paris Expo Porte de Versailles (Métro :Porte de Versailles下車)

毎日09001900、入場料15€、小人(6才‐12才)8€ www.salon-agriculture.com

尚、当展今年のポスターのマスコットはシャロレ種牝牛で6才の“イデアル(Idéale)”です。

*アトリエ・デ・リュミエール ( ATELIER DES LUMIERES ) : パリ11区の鋳造工場を修復・改造した面積3300m2、天井高さ10mの展示スペースの隅々まで、立体音響と共にデジタル化した芸術作品の数々を光ファイバーで投影、音楽に合わせて画像が動く、デジタル・アートです。今回は「地中海の旅」をテーマに、モネ、ルノワール、シャガール、マチス、ピサロ等が描いた海洋風景を中心に、500点余りの作品を約40分に亘って投影しますので、唯作品を目で見るだけでなく、身体全体で感動を覚え、作品そのものの中に入って細部に亘り堪能出来る新しい絵画体験と云ってもよく、画家達にとって南仏が、地中海が如何に重要であり、影響を及ぼしたか、色彩、ヴァリエーションを通して理解出来る事でしょう。同時に「青の王様」(le roi du bleu)と呼ばれ僅か34才で逝ったニースの前衛画家イヴ・クラン(1928-1962)の作品を「限り無くブルー」(l’ infini bleu)と題して投影します。228日から1231日、毎日10001800 Atelier des lumières, (38, rue Saint-Maur,75011 Paris)メトロPère Lachaise下車、予約・入場券(14,50 €)はSiteのみ。www.atelier-lumieres.com をご参照ください。*イヴ・クランは“肉体が精神のゆとりを作る”として柔道に熱中、195224歳の時に日本に長期滞在して修行を積み、見事に黒帯4段を受けています。)

「一万歩 目標なのに 近道し」(多) 「紙とペン 探している間に 句を忘れ」(銀)

2020216Sainte Julienne 日の出0758・日の入1812 天気:パリ朝夕12/日中18℃強風、ニース7/15℃曇天、ストラスブール8/18℃雨天、春も間近くお元気で、菅

フランス通信(171) 睦月                 Paris, le20/01/2020

163-2

163-1

163-1

写真: 
・季節の蜜柑、愛媛ミカンよりも大きく、オレンジの味と香り。ビタミンC 含有量はキウイ、苺に次いで第3位。
・春近く、バレンシアから初ものの大きなイチゴ。
・ストで運休、しっかり扉が閉まったメトロの駅

 「皆様、遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。

今年もどうぞよろしくお願い致します。」    菅 佳夫

*正月(LE NOUVEL AN) : 年金制度改革反対を訴えて125日から始まったストライキが解決を見ないままに新たな年を迎えました。しかし、日の出が12分と早くなり、日の入りが遅くなって、次第に日が長く明るく感じられるのが、何か希望が持てるようで好いものです。このところ雲の流れは激しく早く、東に向かったり、西に向かったり、小雨に煙ったかと思えば、突然の強い風に小雪が舞ったり、時折眩しい様な強い陽光が春を思わせたり、変化に富んだ天気の毎日、しばらく声をひそめていた小鳥達が夜明け前の暗いうちから賑やかにさえずるようになり、木々の枝先が紅く膨らんできたように見えますが、芽が出るのは今しばらくの我慢です。目の前の未だ枝ばかりの2本のポプラの木(le peuplier)にカササギ(la pie)のカップルが飛び始め、近くの杉の木(le cèdre)に棲むカラス(le corbeau)とガチャガチャと騒がしく争い出したと思ってましたら、早くも巣作りを始めるようです。怠惰な職人が外し遅れた年末年始の飾りが残る新年の街、パン屋、菓子屋で売り出す公現祭(l’ Epiphanie)を祝う菓子“ガレット・デ・ロア”(la Galette des Rois) を飽きることなく頬張るうちに、旧正月、中国の新年「春節」が追いつきます。コート・ダジュールからは15日早いミモザの花便りが届き、パリ国際大学都市のキャンパスには寒桜(le cerisier d’hiver)が咲いて、連翹(le forsythia)の花がほころびました。

*公現祭とガレット・デ・ロア (l’ Epiphanie(=la Fête des Rois) et la galette des Rois) : クリスマスから12日目の16日、東方の3人の博士が星の導きで来訪、馬小屋の中に生まれたイエス・キリストが神の子としてこの世に現れたことを認めた記念の祝日で「博士達の祭日」 « Fête des Rois mages »と呼ばれていたのですが、いつの間にかそれが「王様の祭日」 « Fête des Rois »になり、次第に宗教色も薄れ、今ではガレット・デ・ロアという菓子を皆で食べる日となったようです。地方によってはドライ・フルーツ、砂糖漬けの果物やナッツが載ったケーキもありますが、一般に知られているものはアーモンドの餡(la pâte d’amandes)が入った平べったいシンプルなパイ菓子です。中にFève(そら豆)と呼ばれる陶製の人形などが隠されていて、家族や友達と食べる時は、一番年下の子供がテーブルの下に隠れて、菓子を切り分ける人が「これは誰に?」「次はだれに?」と問いかけると、「お兄ちゃんに、、、」「パパに、、、」と返事、こうして分けてもらった中にFèveが入っていた人が、その年の王様になって冠を頭にする、という慣わしです。ですからパン屋さん、お菓子屋さんでガレットを買うと必ず紙製の金銀の王冠を付けてくれます。一寸楽しく美味しい行事です。

*ストライキ(la grève, le mouvement social) : 年金制度改革への抗議から昨年125日に始まったデモ行進とストライキは、年末年始もそのまま継続、クリスマスや正月に里帰りする人達や休暇に出掛ける人達にとって不便この上ない状況となりました。パリ市内でもメトロ、バス、トラム、郊外線のRER、等々の交通機関がマヒした為、通勤ばかりか買い物すらままならず、市民を悩ませていますが、「不便に耐えてストライキを応援、支持します。不便にはもう慣れました。」との笑顔でのコメントが大半を占め、自転車や車の相乗り、中には遠路を徒歩で往復する人達も居て、驚きました。市民の足のメトロ14路線のうち平常通りの運行が為されたのは、完全自動運転で運転手が乗務していない1号線と14号線だけで、その他は完全に運休か、朝夕の通退勤時のみ、しかも3本に1本、4本に1本、終電車は1930分、、、、仕事を終えて1杯やれば、帰りの電車が無くなります。映画も観れず、レストランで夕食も容易ではありません。たまにやって来るバスやトラムはどれも超満員で、降りるも乗るも苦労します。ストライキは交通機関ばかりでなく教育機関、弁護士、病院、消防、警察、郵便局、港湾、精油、劇場、等々、広範囲に及び、最低限の業務を残してデモに参加、ストを決行しています。貨物列車や貨物船で運ばれたコンテナーはそのままで開けることなく、物によっては傷んだり腐ったり、、、です。既に40日以上経過した今日、多少の改良はあるにせよ「いつまで続くストライキ」です。クリスマス・プレゼントの売れ行きも芳しくなく、デパート、各種商店、レストランやカフェ、、、売り上げは大幅に減り、18日に始まった19世紀以来恒例の「ソルド」“冬物一掃大売出し”(les soldes d’ hiver)にも交通機関の乱れで出掛けようにも出掛けられず、診療や検査で病院に通わなければならない人達、各所渋滞の為タクシーも容易ではありません。その他の弊害としては、赤十字での献血が減り、慈善団体には食料や衣類等の寄付が少なく、、、、革命と云われた1968年、3週間ストが続いた1995年以来の強硬な、しかも無期限のストライキ、やがて大きな不況の波が襲ってくるのではないか、、、?余計な心配に終わればよいのですが、、、。今のところ毎日の食糧だけは、朝市やスーパー、個人商店も開いていて、贅沢を云わなければ不足はありませんが、一日も早くストライキが終わり、全てが平常通りに快復して、花咲ける春になるように願うものです。

「サ・エ・ラ」(« ça et là ») : 1)フランスの人口(la démographie)=国立統計経済研究所(INSEE :Institut national de la statistique et des études économiques)11日の発表によれば、フランスの人口は67064千人で前年比141千人増、出生率は欧州1位、平均寿命は女性が85,6歳、男性が79,7歳とのことです。2)不満なクリスマス・プレゼント=綺麗に包まれ、リボンを掛けられて、クリスマス・ツリーの根元に置かれたプレゼント、、、。子供達ばかりでなく大人も包みを開ける時の期待と喜び、、、。しかし開けてビックリ、中身にがっかり、気に入らなかったり、スイッチを入れても動かなかったり、払い戻しはしないのが原則ですし、わざわざ交換、返品、修理に行かねばならず、或いはネットで転売したり、、、消費者組合の調査によると4人に1人は不満なのだそうです。3)バスや電車の車内での優先位置このストで混み合っている時の88番のバスでのことです。或る停留所で、バスの降り口の袴を運転手が出して車椅子のご婦人が乗ってきました。皆が身体をづらせてやっと隙間を作りましたが、このご婦人は大きな声で「そこは私の場所だから退いて、、、!」と可成りの命令口調で云い、優先位置に居た人達を無理やりに退かしました。誰も何も言いません。降りる時は運転手も気を遣って車体を僅かに傾け、袴を歩道にぴったりと付けたのですが、「この前乗った時はこんなじゃなかった、もっと傾斜が緩かった、、、これじゃ怖くて下りられない、、、、。」結局は乗っていた男性が3人掛かりで車椅子ごと抱えて下ろしたのですが、ご婦人は不機嫌な表情で、メルシ―の一言も無く行ってしまいました。

スマホ」は“スマート・フォン”の略、「あけおめ」はスマホで“明けましておめでとう”の略、アプリ、コンビニ、、、、

2020120St.Sébastien 日の出0835・日の入1728 天気:パリ朝夕2/日中6℃曇天、

ニース6/15℃曇天、ストラスブール0/6℃曇天、、、、。    「改めていつもの今日の有難さ」(然)

バックナンバーはこちら
お問い合わせ
TEL 本社 03-5930-5663 (08:00-20:00)
お問い合わせはこちらから

2004 e-Bookland,Inc. All right reserved. サイトポリシー このサイトについて